21話「鬱積」

前回:20話「兆候」

国リハで義足を製作してもらえることになった。
ここは義足製作研究所が併設されていて義足の情報等が充実している。僕がここに来る前からとりわけ興味を抱いていたのは、C-LEG(シーレッグ)という義足の膝部分だった。
この膝部分のことを膝継手(ひざつぎて)といい、人の膝関節に相当する義足パーツのことを指す。膝上からの切断者は、義足製作時に膝継手を含む義足パーツの選定をする。切断部位や義足使用者の状態、それに断端の状態で選定するパーツの組み合わせも異なる。断端の形状がまったく同じ人はいないので、ソケットを含む義足はその人にとってオーダーメイドとなる。パーツ選定の際はPOやPTと相談しながら進めていくのが通常のフロー。ちなみに千葉リハではPOからそういった相談は一切なかった。

膝継手は医療福祉機器の製造企業や機械メーカー等から様々な種類が販売されている。数ある膝継手の中でも発売されたばかりのC-LEGは、コンピューター内蔵のハイテクな膝継手らしい。メーカーはドイツに本社を置くOttobock.(オットー ボック)という医療福祉機器メーカー。
Aさんが以前テレビに出ていた時に、このC-LEGについても語っていたので良く覚えていた。僕のような両足が短い状態でもC-LEGならきっと歩けるようになる、と強く信じていた。ぜひC-LEGを付けてみたい。そのために国リハに来たのだから。

1997年6月
その日は義足製作についての説明日。
まずはC-LEGを間近で見てみたい・・・その願いはすぐに叶った。今後の義足製作について説明を受けていた際、Aさんが突然席を立って部屋の奥から大きくて長いアルミケースを持ってきた。
そしておもむろにそのケースを開けると、銀色の塊に青色の差し色が入った筐体が目に飛び込んできた。

C-LEGだ!!!

まさかこんなに早く見ることができるなんて・・・C-LEGは僕にとっては金塊のようなもの。ケース内のくり抜かれたウレタンの中に収まっているその姿は、神々しくまるで鎮座しているようだった。

「これがC-LEG。200万円くらいするんだよ。・・・持ってみる?」
Aさんがそう言って笑う。

「えぇ!いいんですか!?」僕はすかさず両手を伸ばした。

長さは30cmほどで、持ってみると冷んやりしていてズッシリ重い。いや、ちょっとこれは・・・重すぎる。

きっと僕は苦い表情をしていたんだろう。Aさんは僕の心緒を察してか、

Aさん「C-LEGって重いでしょう?これで約4kgあるんだよ。だから君のように断端が短い場合は使うのが難しいんだよ。」
僕「え・・・僕には適合しないってことですか?」
Aさん「重量があるからねぇ・・・。もっと軽くて高性能な膝継手があれば良いけど、今の技術だとこれが世界の最先端なんだよ。」

そう聞いたとき、僕はひどく落胆した。
Aさんの様子がテレビでインタビューに答えていた時とだいぶ違う。片足の大腿切断で、断端がそれなりに長ければC-LEGを試せた可能性が高いと言う。でも僕は両足の大腿切断で断端がとても短い。だからそもそも試す段階にすらないということだ。

Ottobock. C-LEG 1997年に販売された初代モデル

Aさん「ここの元患者さんで吉田君っていう人がいるんだけど、その人は両側大腿義足で歩いているんだよ。断端はだいぶ長いけど。」

そう言ってポスターを広げて見せてくれた。
義足を履いた中年ぽい男性が芝生の上でゴルフクラブを持ち、笑顔でこちらを見ている。ハーフパンツから見える両足は、外装が無い剥き出しの大腿義足。裾から見えるソケットの長さからして、確かに断端は長そうだ。

Aさん「彼はナブコ(現:ナブテスコ社)のインテリジェントという膝継手を使って歩いているんだよ。最近、飲みに行った帰りに階段で転んだみたいよ。(笑)」

僕はそんなAさんの話をずっとうわの空で聞いていた。自分のことで必死だったので他人の義足事情など正直どうでも良かった。それに両足膝上切断でも健康状態が良好で断端が長ければ歩けて当然だという認識でいたから、彼の話は僕にとって何も新鮮なものではなかった。・・・それにしても現実は非情だ。やり場のない怒りに似た気持ちを抑えつつ、僕はC-LEGを付けられないという現実を受け止められずにいた。

Aさん「君は断端が短いけど、まだ若いから歩ける可能性はあるよ。両側大腿切断の場合はスタビーという短義足からリハビリを始めて、少しずつ義足を伸ばしていって膝継手を付けるんだよ。だからまずスタビーでこの部屋の中を縦横無尽に走れるくらいにならないと。」

そのためにもとりあえずソケットを製作しなければならない。膝継手の選定はきっとそれからなのだと僕は解釈した。ただ、C-LEG以外の膝継手で歩けるようになるのか疑問は残ったまま。ソケットを作るための採型日を予約し、その日は帰宅した。国リハの予約状況はいつも混んでいて、なかなか次回の予約が取れなかった。

それから数ヶ月後の採型当日。既に千葉リハで採型をしたことがあったので一連の流れはだいたい知っている。採型には時間がかかるため、午前中の早い時間に国リハへ向かった。

国リハに着くとまず採型室に移動し、水泳パンツに履き替えて両足の断端が見えるようにしておく。断端を石膏のギプス包帯で巻いて型を採るため、室内の椅子や床は白く汚れていた。

しばらくしてAさんとYさんが部屋に入ってきて、さっそく採型が始まった。
AさんとYさんが僕の断端を触りながら改めて、

Aさん「やっぱり短いねぇ・・・特に左ね。左は・・・固定膝だなぁ。」
Yさん「右はどうですか?」
Aさん「右も固定膝かなぁ・・・(指で断端長を測りながら)こっちもかなり短いよねぇ。」

ふたりがそんな会話をしながら、サランラップで包んだ断端の上に水で濡らしたギプス包帯をぐるぐる巻いていく。
最初は笑いながら会話をしていたふたりだが、採型が進むにつれてだんだんと笑顔が消えていった。

やがて採型が完了した。
左断端のギプスの型を手に持ち、Aさんが苦々しく笑いながらこう言った。
「左はかなり短いから、義足を履いてもソケットから脱げちゃうかもなぁ・・・こんなに短いとはねぇ。」
次にAさんは採型した右断端の型を持ち、しばらく凝視した後、
「右も10cmくらいか。うーん・・・どうしようね。(笑)」

1997年当時の両足の断端。今よりだいぶ太かった。採型時は水泳パンツを履いて断端を露出させる。

独特の訛り口調で時折困ったように笑いながらも、かなり考えている様子だった。
ソケットを含むスタビーが完成するまでは1ヶ月ほどかかるらしい。帰宅してAさんからの連絡を待つことにした。

22話「絶望」

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