この世は嘘と誤ちで溢れている

みなさんこんにちは。共同執筆者のKyoです。
ここ最近、ブログ更新が滞っていました。心配してくださった方、更新を待っておられた方、いつもありがとうございます。

石川さんのご事情を踏まえ私自身も記事の執筆を控えていましたが、今までどおり義足や障害に関する情報は得ていました。
ニュース記事や文献、映画や書籍を読んだりして知見を深めている所存です。

さて、今回の記事のタイトルに不穏な空気を感じた方もいらっしゃると思います。
私が情報を集めている中で常々思うことなのですが、この世の情報は嘘と誤ちで溢れています。

義足や障害のこと・・・知ろうと思ってもなかなか本質に辿り着けなかったり、辿り着いたかと思えば実際とはかけ離れたものだったりと、本当に辟易してしまいます。

【嘘】事実とは異なる言葉。偽り。
【誤ち】物事が本来あるべきものと食い違っていること。
【綺麗事】現実を無視して、表面だけを取り繕うこと。

特にネットの情報はこんなものばかりです。ブログもSNSも、プロの言葉や教科書でさえ、偽りや見せかけばかりです。
なぜ私が嘘かどうかを見分けられるのかと言うと、実際の現場を知り、経験し、多くの情報を見比べ、精査しているからです。

根拠があり、裏付けがあり、正しく、真であるかどうか。これを突き詰めている人は非常に少ないと感じます。

見聞、ネットで調べただけ、比較していないこと・・・・・・それらを、あたかも「絶対的かつ普遍的な真実」かのように語っている人がいます。それが誤ちであり、嘘であることを知らずに・・・。
そしてその知識を鵜呑みにした人がまたそれを広め・・・。嘘が本当かのように流布されている現実に、私は危機感を覚えます。

知らないことを知らない。哲学者ソクラテスの言葉にあるように、無知は罪だと思います。虚栄も同じく。

もちろん、正しいかどうか全てを立証することはできません。
経験則が正しい場合もあります。
だからこそ発言に責任を持ち、真実だと断言できないものはせめて個人の感想と注釈をいれるべきです。

「車椅子は◯◯だ」
「大腿切断者は◯◯だ」
「両大腿義足ユーザーは◯◯だ」
このようなことを誰も言い切れるはずがないのです。だって人によって違うんですから。

自らが経験し感じたこと
誰が見ても同じといえる現象
それらは真実だと私は思います。

義足ウォーカーでは、今後もできる限り真実を追求し伝えていきます。

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