映画『Freaks』について語る

みなさんこんばんは。共同執筆者のKyoです。
今回は映画について語ります。

原題『Freaks(フリークス)』、邦題『怪物団』…。
映画通でもなかなか知らないのでは?
Freaksとはさまざまな意味がありますが、この映画では”奇形”を意味します。

奇形者に関する内容及び画像を含みますので、苦手な方は引き返してください。
興味のある方は足を踏み入れてください。(足のない方はごめんなさい。冗談です。)

この映画は1932年に上映されました。
しかし、あの自由の国アメリカでさえ上映禁止となり”問題作”とされています。

この映画には障害者…奇形者が大勢出演しています。
サーカス団で働く奇形者たちの生活模様が描かれていて、健常者の登場人物に対して奇形者たちが復讐するという勧善懲悪ストーリーです。復讐するシーンが残虐すぎたそうで、一部カット・編集され『Freaks』という作品で世に出されました。

現在はAmazon primeで鑑賞することができ、Amazonレビューでは称賛の嵐となっています。解説ブログも多く散見され、相当なマニアがいると予想します。
出演者である奇形者たちはれっきとした俳優で、当時とても人気を博していたそうです。家族がいたりモテモテだったり大金持ちだったり。俳優としてこの映画に出演した以上、彼らは自信を持ってこの作品を世に送り出したのだと思います。

しかし、結果的には即刻上映禁止、30年以上お蔵入りとなりました。
その理由は「奇形者が大勢出演していること」「残虐なシーンがあること」とされています。


ここからは私の個人的見解・感想になります。

ストーリー自体に面白みは感じられず、登場人物に感情移入をしたり話の続きが気になったりといった映画特有のワクワク感は全く生まれませんでした。
しかし、この映画そのものが議論の対象となるべき”題材”であると感じました。

この映画が上映禁止になった理由、皆さんは納得できますか?
「奇形者が大勢出演しているから」…奇形者が大勢出演してはいけないのでしょうか?
「残虐なシーンがあるから」…世の中には残虐なシーンを含む映画が腐るほどあります。健常者が健常者に対して残虐なことを行うことは許されても、奇形者が健常者に残虐なことを行うことが許されないのは何故でしょうか?

どちらも明確な理由にはならず、上映禁止は差別に値すると思います。

障害者や奇形者は、いつの時代もタブー(禁忌)とされています。
(…今は少しずつオープンになってきている印象ですが。)
健常者に障害者を”見せない・ふれあわせない”、そういった状況や空気を社会が作り出す。障害者たちはそれでもどこかで必ず生きて、生活を営んでいます。

私はこの映画のキャプチャーを見て、「わ。奇形の人たちばっかり。見てみたい。」と思いすぐに鑑賞しました。つまりは純粋な好奇心がきっかけです。見世物小屋に足を運ぶ人たちと同じように見えますが、私はこの”見たい”という欲を下劣な好奇心や差別だとは思いません。奇形者を見る機会が全くないので、彼らを見たい知りたい、ただそれだけでした。でもそれで良いと思います。
この映画の本当に評価されるべき点は「奇形者がリアルに動いている。彼らも同じ世界に生きている。」それを知ることができるところだと、私は思います。

極短断の両足切断者が義足で立っている画像をみて、「この人歩けるのかな?この人どうやって生活しているのかな?どんな人かな?どんなこと考えて生きているのかな?」
この人を見たい、知りたい。そう思ってこのサイトに辿り着く。すると、実際に歩いている動画や本人の言葉が載っている。同じ世界にこの人が生きていることを、ここでようやく実感するのです。

まさに石川さんが伝えているのと同じように、リアルを伝えていくこと。これに尽きると思います。事実をシンプルに伝えていくことが、より人を惹きつけるのだと思います。

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